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スティーブン・メティカフ宣教師による岩木川での洗礼式

 
開拓者 スティーブン・メティカフ宣教師

 2014年67日、弘前福音キリスト教会の開拓時代の宣教師としてご奉仕くださったスティーブン・メティカフ宣教師が天に召されました。86歳のご生涯でした。

 

 スティーブン・メティカフ宣教師はイギリス人です。1927年、ご両親が中国南雲省の山奥の少数民族への宣教師として働いていた山奥の村で生まれ、第二次世界大戦中は、中国を侵略していた日本軍によって収容所に入れられました。14歳の時です。その収容所で、陸上の元オリンピック金メダリスト「炎のランナー」エリック・リデルに出会ったのです。
 


 当時、エリック・リデルはスポーツマンとしてのキャリアをすべて投げうって、宣教師として中国で働いていました。エリック・リデルと共に収容所に入れられていた少年たちは、日本兵の中国人へのむごい仕打ちを見せつけられ、その行為をどうしても赦すことが出来ず日本人を憎んでいました。しかしエリック・リデルは彼が収容所で開いていたバイブルクラスに出ていたメティカフ少年たちにこう言いました。

 

 「イエスは愛せない者のために祈れと言われた。だから君たちも日本人のために祈ってごらん。人を憎む時、君たちは自分中心の人間になる。でも祈る時、君たちは神中心の人間になる。神が愛する人を憎むことはできない。祈りは君たちの姿勢を変えるんだ。」

 

 エリック・リデルは、収容所で43才という若さで亡くなり、メティカフ少年もその棺を担いだといいます。メティカフ少年はその時、「もし僕が生きてこの収容所を出られる日が来たら、きっと宣教師になって日本に行きます」と祈りました。その祈りの通りに、25歳になったメティカフ少年は宣教師として日本にやってきたのです。



 スティーブン・メティカフ宣教師は金木、五所川原、弘前をはじめ青森県を中心に宣教師として熱心に福音を宣べ伝えました。イギリスに戻ってからは、イギリス人と日本人との架け橋となる働きをしたのです。メティカフ宣教師はエリック・リデルが履いていたという運動靴を譲り受けました。それだけではなく、「日本人を愛する」というバトンを「炎のランナー」エリック・リデル から受け継いだのです。

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スティーブン・メティカフ宣教師の死を伝えるイギリスの新聞